top of page

旅行記「直島・豊島」②:「家プロジェクト」ー「異空間」の解体ー

  • 執筆者の写真: krmyhi
    krmyhi
  • 2014年8月26日
  • 読了時間: 5分

 この家プロジェクトは、直島の古民家の立ち並ぶ一角を利用して、その空間全体を作品化するプロジェクトです。古民家の中の特徴的ないくつかの建造物は、中に入ることができるようになっていますが、それ以外の建物では、今も普通に生活している人がいます。

 話がちょっと横道にそれますが、前橋に昨年オープンした「アーツ前橋」という美術館があります。この開館記念公演で姜尚中(かんさんじゅん)先生が面白いことを言っていました。

現代社会に置いては、全てがデジタル化され、計数化されてしまい「神秘」や「謎」というものがどんどんと排除されていっている。また、それに伴って「分からないもの」「未知なもの」に対してあまり頭を働かせる必要がなくなり、社会の変化のスピードはどんどんアップしている。新しい物事が立ち現れてはすぐに消えるのを繰り返している。そのような現代社会において、美術館はいわば「神なき時代の教会」となるのではないか。デジタル化・計数化社会とは分断された空間に身を置き、理解できないもの(=アート)とじっくり向き合うことで人間という存在と改めて向き合うことができる。なぜなら、人間と言う存在自体が、「神秘」であり「謎」であるからだ。

 というような内容でした。これは伝統的な芸術のあり方であり、ちょっとコンサバな考え方かもしれませんが、ぼくはこの発言に大変うなずかされてしまいました。

 確かに生活の中でアートに触れる機会は多くなりましたが、本当にアートを楽しむ心がどれだけ育まれているのでしょうか。音楽や絵画や動画というあらゆる芸術作品がネットで簡単に手に入る時代になりましたが、ぼくは本当にその作品を味わうことができているのか。簡単に手に入る分、簡単に忘れてしまいます。正にeasy come, easy go。

 たまには、世間から隔絶された空間で、じっくり作品と向き合ってみることが必要なのではないかと思います。人々の生活とは全く切り離された空間(ハレの空間とも呼んでいました)を人々が簡単にアクセスできる場所(商店街の外れ)に置いたことがアーツ前橋の意義であると姜尚中先生は語っていました。

 話を「家プロジェクト」に戻します。ぼくは「家プロジェクト」を知った時に、上記のような「アートのための切り離された空間をつくる」という考えとは対極にある考え方だと思いました。それはむしろ当世風の「日常と芸術の距離を近づける」という考え方の最たるもので、「生活と芸術の融合」とも呼べます。別の言い方にすると、アートのための「異空間」を解体して、日常に開かれたものにするーー以前紹介したダダイズムのコンセプトと同じです。

 この「家プロジェクト」の面白いところは、ただ、生活と芸術の融合を目指しただけではないところです。直島の歴史と生活様式を観光客が直接肌で感じ取れるようにしているということです。「日常にアートを」というレベルの話ではなく、直島の人々の今までの暮らしぶりが折り重なってできた作品です。

 ちなみに、実際に「家プロジェクト」を見たところ、ぼくが思っていたほど「生活と芸術の融合」という感じではなく、むしろ(草間弥生の)マダラ模様という感じでした。あまり住民が出歩いていなかったため、あまり生活感がなかったからかもしれません。

 それよりも、同じ直島の宮浦港周辺の方が生活と芸術が見事に融合しているように感じました。

 このようなプロジェクトは「エコミュージアム」と呼ばれたりするようです。ちょっと違うのかもしれませんが、まあ同じものだとぼくは思います。ちょうど新聞に記事が出ていたので、解説を載せておきます。

<エコミュージアム> 生態学(エコロジー)と博物館(ミュージアム)の造語。一定の地域の遺産を現地で保存、展示する研究手法で「地域まるごと博物館」とも呼ばれる。中核施設を拠点に、地域内の自然・歴史遺産や展示施設などを見学ルートで結ぶ。1960年代にフランスで始まり、日本には80年代に紹介された。日本エコミュージアム研究会によると、神奈川県平塚市や三重県など約20カ所で展開されている。(東京新聞2014年8月24日1面)

 ぼく自身は、プロジェクトとしてはまあ面白いけど、住民からしたら見せ物にされてどうなんだろうか、などと思いながら見学していました。

 しかし、人通りのない波止場を歩いていたところ、地元のおじいちゃんに話しかけられ、色々な話を伺うことができました。戦時中のことから、現在のライフスタイルまで、1時間以上炎天下で喋り続けてしまいました。案外、地元住民(ほとんどが高齢者)も観光に来た若者と関わることができて楽しいのかもしれないな、と思いました。少なくとも、そのおじいさんはそこまで観光客を迷惑に感じてはいないようでした。

 旅行から帰ってきて、「家プロジェクト」のHPを見たところ、以下のように書かれていました。

生活空間の中で繰り広げられる来島者と住民との出会いは、さまざまなエピソードを生み出しています。(http://www.benesse-artsite.jp/arthouse/index.html)

むむ、観光客と住民の関わり合いも含めて「家プロジェクト」の作品なのか。

 恐るべし、エコミュージアム。

P.S

 「家プロジェクト」の中の「南寺」は外界と隔絶された空間を楽しむ作品なのですが、ぼくが今回の旅でもっとも気に入った作品でした。デザイナーは、ジェームズ・タレルという地中美術館でも作品を置いている人です。

 
 
 

Comments


Article List
Tag Cloud

深夜のサカマキ貝

He is deep in meditation
bottom of page