福島菊次郎展@日本新聞博物館:ジャーナリズムについて
- krmyhi
- 2014年8月16日
- 読了時間: 3分
一年ほど前になりますが、写真家の福島菊次郎展に行ってきました。
福島は、41歳で妻と別れ、3人の子供を連れて上京しプロのカメラマンとなりました。
戦後の激動の半世紀を、常に弱者や少数派の立場に立って報道を続けてきた男です。
今回の写真展は、水俣病・三里塚(さんりづか)闘争・東大安田講堂事件そして3・11に関する写真が展示されていました。
主に写真はモノクロで、人物を被写体としたものが多かったです。
ぼくが特に心に残った写真は、水俣病の被害者・杉松さんを撮ったものです。
杉松さんの写真は、福島の昨年出した写真集『証言と遺言』の表紙にもなっています。

その写真には、彼が水俣病に冒された体で、必死に日々を生きようとする姿が写されています。真っ黒な小川に浮かぶ小舟が画面一杯に写され、その小舟の船首と船尾に立つ、杉松さんと彼の息子の姿がぼんやりと白く浮かび上がっています。その日を食いつなぐために、小川へ漁に出たのです。杉松さんは、水俣病のため死ぬほど痛い思いをして、体を動かします。彼の苦悶の表情や歪に曲がった体の線が白と黒のコントラストで生々しく表現されています。
モノクロの世界では、権力の深い闇は黒く、それに抗う人間の姿は白く写し出されるようです。
ぼくは、本当にまだまだ知らないことがたくさんあるのだな、と痛切に感じました。三里塚闘争などは、名前さえも聞いたことがありませんでした。
もちろん、そういった事件を知らないのは、ぼくの勉強不足であることは否定できません。しかし、権力がそういった過去を闇に葬ってきた面もたくさんあると思います。
反権力側の記憶をいかにぼくらは手に入れ、そして次の世代に伝えていけるのか。改めて考えさせられました。
ぼくは、ジャーナリストに大事なのは、「小さい声に耳を傾けること」と「後世に伝えること」の二つだと思っています。
言いたいことも言えないようなこの世の中で、大きい声や勇ましい語りにかき消されてしまいがちな「小さくて弱々しい声」を拾い上げ、
それをどれだけ多くの人に、そしてどれだけ後の世へ届けるかがジャーナリストの使命だと思います。
(でもよく考えると、それはジャーナリストだけでなく、世の中の表現者一般に対しても言えることかもしれませんね。)
新聞社の中だと、東京新聞がそのようなジャーナリスト精神を持っている気がします。会社が小さい方が良いたいこと言いやすいのかもしれないですね。
村上春樹の有名なエルサレム賞受賞スピーチで、こんな一節があります。
"Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg."
Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will decide. If there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?
このフレーズの特に面白い部分はクォーテーションの後、「どんなにその壁が正しく、卵が間違っていたとて、僕は卵の側に立ちます」という部分です。これはぼくの持っているジャーナリズム観と似たところがあるように思います。
福島菊次郎展を見たとき、ぼくは村上春樹のスピーチの言葉を思い出しました。
近頃、TVではたくさんの特集が組まれています。「あの戦争」に関するものです。
それらを見ていたら、ジャーナリズムの意味を再考させられました。
そして、「壁」側に立った多くの報道を目にし、ぼくは一年前の福島菊次郎展のことを思い出したのです。
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