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浅野いにお『おやすみプンプン』の失われた母性愛について

  • 執筆者の写真: krmyhi
    krmyhi
  • 2014年6月3日
  • 読了時間: 4分

 僕の大学生活に多大なる影響を与えた『おやすみプンプン』がついに完結してしまいました。浅野いにおの作品は『ソラニン』等も好きですが、ぼくは『プンプン』が一番好きです。「あぁ、俺もこんなだったなぁ」と共感できるところがとってもたくさんありました。『プンプン』の完結に際し、何か一言書かねばなりません!

 『プンプン』が好きな人は、主人公・プンプンの理由もない孤独感や喪失感というものに共感を覚えると思います。ぼくはこの「理由のない孤独感・喪失感」に敢えて(無理矢理)理由をつけてみたいと思います。主人公・プンプンの抱く「理由のない孤独感・喪失感」は、「母性愛」の欠落が起因しているのではないでしょうか。

 この物語は、徹底的に「母性」を排除しています。プンプンの母親はろくでもない人物で、プンプンは母親が死んだときも、「結局母親のことを好きになれませんでした」と語ります。ヒロイン・愛子の母親もカルト宗教にはまり、あげくにDVをはたらく最低な人物です。もう一人のヒロイン・幸子の母親もどこかで男をつくり、家を出て行ってしまいます。大船の雄一オジさんにトラウマを植え付ける美少女・八木の母親も自分の娘を柱に縛って軟禁しています。ろくな母親が出てきませんね。

 では、母性愛とは何かと言うと、端的には「余計なおせっかい」のことだと思います。この「余計なおせっかい」とは、個人を外界の強大なシステムから守るものです。これを説明するために、まず「父性」というものの説明から始めたいと思います。

 この物語では、なぜ「母性」が欠落しているかというと、これは現代社会が「父性」というものを失いつつあるからではないかと思います。「父性」というのは、内田樹の言葉を借りて言えば、「世界の秩序を制定」する者であり、「神」「天」「絶対精神」「歴史を貫く鉄の法則性」「王」などと呼ばれるものです。家父長主義的な、世界を(あるいは、その家族内を)支配する力です。この「父性」というものは現代の家族の解体に伴い、確実に力を弱めています。そして、「父性」のような「理不尽で強大な力を持つシステム」から個人を守るものが、「母性」なのではないかとぼくは考えています。つまり、「父性」と「母性」は表裏一体なのです。「父性」(システム)の力が強まれば、その分「母性」(個人を守る力)も強く働かなければなりません。逆に、「父性」の力が衰えれば、「母性」もその分必要なくなります。

 「母性愛」の欠落というのは、つまり現代日本社会の父権性の失墜をそのまま表しているのです。(事実、この物語で父親は完全に無視されています。唯一登場するプンプン・パパもろくでもない人物という点にかけてはプンプン・ママに負けていません。)

 結局、「母性」の喪失というよりも、「父性」と「母性」両方の喪失、ということになりますが、ぼくが「母性」にこだわったのは、プンプンがどちらかというと母性の方を求めていた気がするからです。現代では、「父性」は機能不全に陥っていると書きましたが、プンプンは「世間の理不尽さ」ならば嫌というほど味わっています。また、プンプンが「母親と似ている」女性・幸子と最終的に結ばれる(?)のもきっとプンプンが無意識のうちに「母性愛」を求めていたからではないでしょうか。

 物語の中にも少しだけですが、「母性」を感じさせる登場人物はいます。プンプンにケータイを持たせる義理の叔母・翠や、無理矢理漫画の原作を書かせるヒロイン・幸子などがそれです。主人公・プンプンはそういうものを初めは迷惑と感じます。しかし、結局どちらの行為も物語の終盤でプンプンのためになっています。この本人を見えないところで守る「偉大なるおせっかい」こそが「母性愛」の本質であり、プンプンが無意識下で欲望しているものなのです。

 現代の日本社会では、父性も母性も同様に薄まってきています。決してそれを悪いと言っているのではありません。父性の失墜により、個人がシステムと一定の距離を置けるようになりました。また、母性の欠落も「余計なおせっかい」を焼かれずに済むということです。共同体よりも個人を尊重する世の中になってきていると言い換えてもいいかもしれません。このようなしがらみの少ない生活は確かに心地良くもあります。

 ただぼくは、そのような父性及び母性の欠落は、現代人の抱える「理由のない寂しさ」や「名付けようのない孤独感」といったものの原因の一つであるように思えるのです。ぼくたちは、「余計なおせっかい」に対して少し神経過敏になりすぎている様な気がします。

 それでは、長文失礼しました。 

 
 
 

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