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「生誕100周年記念 中原淳一展」:中原淳一の形式美について

  • 執筆者の写真: krmyhi
    krmyhi
  • 2013年1月10日
  • 読了時間: 3分

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 中原淳一の描く絵の美しさの秘密は、それが形式にハマったものだからです。小津安二郎の映画と同じです。徹底的に形式にこだわった作品というのは、見る人に安心感や穏やかな快感を与えます。中原の描く女性が美しさは、デザインによるものではなく(勿論デザインも美しいですが)、構図に起因するものなのです。

 下の絵を見てみましょう。

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 どうですか?この女性の「しな」。端が下がった眉と斜め上を見つめる潤んだ瞳。ポージングもさることながら、絵全体のものの配置もとても既視感があります。窓辺に坐って青空をバックにしている状況。右の空いたスペースには植物が置かれ、奥行きがぐっと増します。葉の濃い緑がアクセントにもなっています。(ちなみに原画はもっと全体的に鮮やかです)

 お次ぎはこれ。

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 ざ・定番ですね。片手は腰に、もう一方の手は肩の当たりに持ってくる。地方の情報誌の「町で出会った美人さん」みたいなコーナーに登場する女性はみんなこのポーズをとっています。(群馬のモ○コという雑誌はびっくりするくらいみんなこのポーズをとっていました。レパートリーの少なさにちょっとひきました。)

 今でも、女性の全身を入れる構図のものは、このポージングが基本中の基本となっているようです。

 あまりにも使い回された構図なので、「つまらない」と感じる人もいると思いますが、この予定調和な感じがとても安心感を与えてくれます。

 小津映画が世界で評価されるのは、その形式美がとても日本的だからだそうです。日本人は形式を重んじます。伝統芸能がその最たるものです。形式美の追求を重ねることで、あれ程までの洗練された芸術となったのです。

 だから、中原の絵を見ると、とても日本的な感じを受けます。例えば中原が金髪碧眼の女性を描いたとしても、なんとなく日本人が描いた絵だということが分かるのです。

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いかがですか?

 どのイラストの構図も、現代の雑誌のグラビア写真などで必ず見るような構図ですね。むしろ、あまりにこのような構図が使用されてきたから、今では敢えて避けられているかもしれませんが。。。

 中原が活躍したのは40年代から70年代です。あるいは当時はこのような構図は新しく、中原が「スタンダード」と呼べるものを作った可能性もあります。ただ、彼より以前の人物である竹久夢二がすでにこのような構図の絵は描いているので、(あるいは浮世絵の時代から似た構図はあるので)やはり、中原の絵は当時から「形式的なもの」だったのでしょう。

 日本人の形式にこだわる習性はとても興味深いので、これからも色んなジャンルで記事にすると思います。

 
 
 

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